| 商品 No. WA-0806 | |
|---|---|
| 銘 |
表: 備前介藤原宗次 裏: 嘉永七年八月日 |
| 姿 | 鎬造り庵棟、中切先延びごころ 反り頃合い 頑丈な姿 |
| 国 | 武蔵国江戸 |
| 時代 | 江戸時代後期(1854) |
寸法
| 刃長 |
1尺 4寸 9分 5厘
45.3 cm
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| 反り |
3分 3厘
1 cm
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| 元幅 |
1寸 0分 3厘
3.11 cm
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| 先幅 |
8分 0厘
2.42 cm
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| 棟重 |
2分 3厘
0.7 cm
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日本美術刀剣保存協会鑑定書
| 鑑定書 | 特別保存刀剣 |
| 交付日 | 令和02年06月25日 |
登録証
| 都道府県 | 埼玉県 |
| 交付日 | 昭和41年03月25日 |
詳細情報
| 鍛 | 小板目詰んで精美 |
| 刃文 | 二つ、三つ頭が連れる腰開きの互の目乱れ |
| 彫刻 | 表:素剣に三鈷杵、裏:梵字に護摩橋 |
| 帽子 | 乱れて尖り気味に返る |
| 茎 | 生ぶ、化粧付き筋違鑢 先入山形 |
| 目くぎ孔 | 1 |
| 鎺 | 銀無垢祐乗鑢鎺 |
| 価格 | 売却済 |
説明
| 固山宗次は享和三年(1803)陸奥国白河生まれ。師匠は米沢の刀工加藤綱英といわれるが実際には丁子刃を多く焼いた綱英弟の長運斎綱俊に多大な影響を受けたと思われる。初め白河藩松平家に抱えられ、文政六年(1823)松平家の伊勢転封にともない時を置いて文政十二年(1829)頃桑名に移住。天保二年(1831)頃江戸に出て鍛刀。弘化二年(1845)42歳時に備前介を受領する。新々刀期の上々作刀工で備前伝の第一人者と評される。本作は応永備前写しを念頭に置いた作であろう。宗次51歳壮年期の名品。寒山先生鞘書「備前介宗次 嘉永七年紀有之 彫物見事珍重 壱尺五寸分余有之 昭和丁未(42・1967)年初春日 寒山誌(花押)」あり。2020年特別保存刀剣審査合格。 |